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横浜地方裁判所 昭和26年(ワ)352号 判決

原告 中村義光

被告 株式会社野沢屋

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、

一、被告は別紙目録<省略>記載の土地に原告が左記の借地権を有することを確認せよ。

(1)  別紙目録第一、及び第二の土地について昭和十一年九月一日から二十年間、但し昭和二十年九月十五日から現に使用している連合軍の使用が止んで土地を原告に引渡すまでは期間停止、賃料は一坪一月につき第一の土地は五十三円十三銭、第二の土地は四十八円四十九銭毎月二十八日払、普通家屋所有の目的。

(2)  別紙目録第三の土地について昭和十二年八月一日から二十年間但し昭和二十年九月十五日から現に使用している連合軍の使用が止んで土地を原告に引渡すまでは期間停止、賃料は一坪一月につき四十八円四十九銭毎月二十八日払、普通家屋所有の目的。

二、被告は原告に対して別紙目録記載の土地が現に使用中の連合軍の使用が止んだときに原告に引渡せ。

三、被告は原告と共に第一項記載の賃貸借の設定登記申請手続をせよ。

との判決を求めその請求原因として、

伊勢佐木町一丁目二十九番地五百六十五坪五合(本件第一、二、三の土地を含む)の宅地は訴外柳下秀雄の所有であつたが、訴外斎藤善蔵が柳下から昭和十一年八月二十九日その中第一、二の土地に当る二十四坪を同年九月一日より二十年間、賃料は一ケ月七十円毎月二十八日その月分支払と定め普通家屋所有の目的で、又昭和十二年八月二十日本件第三の土地を同年八月一日より二十年間賃料一ケ月百三十円その外前同様の条件で夫々借り受け昭和十八年頃これら本件第一、二、三の土地に(イ)木造亜鉛葺二階家(建坪二十一坪二階二十一坪)一棟(ロ)同二階家(建坪三十六坪五合二階二十二坪七合五勺)一棟を建築所有し登記をすませていたが、原告は斎藤から昭和十九年二月(イ)の建物を賃料一ケ月百八十円毎月末払の約で、又同年十一月(ロ)の建物を賃料一ケ月三百五十円毎月末払の約でいずれも期間を定めず二ケ月分の敷金をさし入れて賃借し居住営業していたところ右二棟の建物は昭和二十年三月二十一日疎開命令が発せられて同年四月初に除却された。

原告は昭和二十一年三月斎藤から本件第一、二、三の土地についての借地権の譲渡を受け同年夏頃地主たる柳下に通知し承諾を得た、仮りに本件借地権譲渡について賃貸人の任意承諾がないとしても本件の譲受人である原告は疎開建物が除却された当時の借主であり、譲渡された借地権は疎開建物の敷地上に疎開以前から存在したものであり、譲渡人はその借地権者であるから罹災都市借地借家臨時処理法第四条(第九条第三条の規定により)に所謂借地権が譲渡された場合に相当するから、その譲渡について賃貸人の承諾があつたものとみなす効果が生じその承諾を擬制されるわけである。その後訴外松野増蔵が本件第一の土地を昭和二十二年五月二十三日に、第二、三の土地を同年九月四日に夫々買いうけて所有者となり、賃貸人たるの地位を承継したので、原告は昭和二十三年一月三十一日借地権の譲受けを松野に通知し被告は昭和二十五年三月三十一日本件土地を右松野より買いうけ所有者となり賃貸人たる地位を承継した。

なお本件土地は終戦後(昭和二十年九月十五日)連合軍が接収し現在においても連合軍において接収継続中である。

しかして原告の有する前記借地権は被告に対抗し得るものであるにも拘らず被告はこれを争い将来連合軍の接収が解除された暁においても到底本件土地を原告に引渡す様子はなく、原告としてはあらかじめ引渡の請求をなす必要があるので本訴に及んだ。尚請求の趣旨中の賃料は現在の統制額であると述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として原告主張事実中斎藤が本件第一、二の土地を柳下から賃借した年月日原告が斎藤から本件土地上の建物を賃借し居住営業していたこと、原告が斎藤から本件土地についての借地権の譲渡を受けたことは知らない。

原告が昭和二十一年夏頃地主たる柳下に借地権の譲受を通知し、その承諾を得たこと仮りに承諾がないとしても罹災都市借地借家臨時処理法第四条により承諾を擬制されること及び原告の有する借地権が被告に対抗し得るものであるとの点は否認するがその余の事実はこれを認める。

柳下、斎藤の土地賃貸借契約公正証書には柳下の承諾は必ず文書によるものとし、文書をもつて証明しなければ柳下の承諾があつた旨主張することが出来ないとの条項があるにも拘らず承諾する旨の文書が存在しないから承諾はなかつたものと言うべく、かえつて昭和二十二年八月一日附内容証明郵便で柳下の代理人葛城は譲渡を承諾しない旨の回答をしている。

又原告は仮りに承諾がないとしても罹災都市借地借家臨時処理法第四条により承諾があつたものと擬制されると主張するが、同法第四条の適用を見るのは同法第三条の規定により借地権が譲渡された場合に限るのであつて、第三条の規定による借地権の譲渡は同法が施行された昭和二十一年九月十五日以降に於てのみあり得るわけであるから、原告自陳に係る昭和二十一年三月中になされた本件譲渡の如きは、同法第三条の規定による譲渡と目するに由なく、又法理に照らすも土地所有者が承諾の自由を剥奪せられ、その承諾を擬制せられる程の重大な法律効果は同法施行後の申出権行使による譲渡に対してのみ附与さるべきであつて、遡及効を認める何等の規定がないのに、単に同法施行の事実をもつて施行前の任意譲渡にまで準用されるとは到底認められない。又原告が本件借地権を譲受けたと主張する当時すでに本件土地は神奈川県知事が賃借していたのであるから、同法第九条但書により承諾が擬制される理由はなく、更に本件土地は所謂接収地として一般的に建物の築造が禁止されていたのであるから、同法第二条第一項但書後段に該当するので原告は申出権を有しないわけである。

原告は本件借地権につき対抗要件を有する旨主張するが、原告は疎開建物除却当時から引続き建物の敷地に賃借権を有するものではなく、斎藤の特定承継人にすぎないから罹災都市借地借家臨時処理法第十条を云々する余地はない。

尚斎藤は昭和二十二年五月二十三日以前に本件土地を地主たる柳下に返還し、同年八月十八日にかねて差入れてあつた敷金の返還を受けているのであるから、斎藤の本件借地権は右返還の時合意解除により消滅したものであると述べた。<立証省略>

原告訴訟代理人は被告の答弁に対する再答弁として、

借地権譲渡の時が罹災都市借地借家臨時処理法施行前であつても、施行と同時に第四条の効果が発生すると解してこそ借主保護の根本精神に合致するものであり、又神奈川県知事の賃借も終戦後連合国の覚書乃至指令に基き神奈川県知事が占領軍の臨時的使用に供するため当時の土地所有者から新に賃借しその関係が本件譲渡の当時に於ても存在していたものである。同法第九条但書にいう「公共団体が疎開建物の敷地を賃借している場合」とは疎開建物が除却された当時に於て公共団体が賃借し同法施行後も賃借を継続している場合を指称するものであつて、終戦後に新たに賃借した場合は含まれないのであり、更に連合軍の使用と雖も連合軍が直接強権を発動してその占有乃至使用権を得たものではなく、連合軍から土地提供の指令を受けた日本政府が神奈川県に委嘱し、県はその名に於て土地所有者との賃貸借契約により賃借権と占有権を取得し県は賃借土地を連合軍に引渡してその使用に提供しているのであるから、その使用は賃貸借契約に基く純粋な民事関係によるものであつて、別にその土地上に建物を築造するについて禁止、又は許可を要することを規定した法令があるわけでなく、又連合軍が直接日本国民に左様な禁止をしたこともないから、同法第二条第一項但書後段が準用される余地はなくこれら被告主張事実をもつてするも承諾の擬制を妨げるものではない。

又斎藤の賃借権は昭和二十二年五月二十三日以前斎藤と柳下との合意解除により消滅したとの点については、本件借地権は昭和二十一年三月斎藤から原告へ譲渡され同年九月十五日罹災都市借地借家臨時処理法の施行に伴い賃貸人柳下の承諾が擬制されたから斎藤は本件借地関係から離脱し、その後においては本件賃貸借契約を解除する権限を有しないもので本件賃借権に何等の影響なきものであると述べた。<立証省略>

三、理  由

成立に争ない甲第二号証の三によると訴外斎藤善蔵が訴外柳下秀雄所有の本件第一、二の土地を昭和十六年十一月二十五日存続期間同年十一月一日より二十年間その他原告主張の条件で賃借したことが認められ、又同人が本件第三の土地を原告主張の日時条件で賃借しこれら第一、二、三地上に木造建二階家二棟を建築所有し登記をすませていたことは当事者間に争がなく、証人斎藤ナカの証言、原告本人訊問の結果を綜合すればこれら二棟の建物を原告が昭和十九年頃から賃借し絵画額縁等の販売業を営んでいたことが認められ、その後昭和二十年三月二十一日神奈川県疎開命令が発せられ同年四月初右二棟の建物が除却されたことは当事者間に争がない。

原告本人訊問の結果により成立を認められる甲第三号証によると、原告は昭和二十一年三月斎藤から本件第一、二、三の土地についての賃借権を代金二万五十円で買受けたことが認められ、原告は右譲渡を賃貸人たる柳下に通知し承諾を得た旨主張するに対し、被告はこれを争うのでこの点につき判断すると証人柳下秀雄、葛城東太郎、斎藤ナカ、中村タカの各証言並びに原告本人訊問の結果を綜合するに昭和二十二年夏頃斎藤善蔵代理人斎藤ナカ原告本人及び原告の妻中村タカの三名は当時の賃貸人柳下秀雄の代理人葛城東太郎を訪ね、同人に対し本件借地権譲受けの事実を告げてよろしく願う旨申出たにも拘らず、同人は譲渡に対し何等異議を述べずかえつて財産税の納入に困つているから土地を買いませんかと話しかけ、更に数日後葛城が原告を訪ねた時にも譲受けについては何等触れずにあなたの譲受けた範囲でよいから買いませんかと再び話を持ち出し、その後昭和二十二年八月一日に至るまで不承諾の意思を表示していないことが認められるので葛城は黙示の承諾をなしたものと見ることが出来る。被告は柳下、斎藤間の土地賃貸借契約公正証書には柳下の承諾は必ず文書によるものとし、文書をもつて証明するのでなければ柳下の承諾があつたと主張することを得ないとの条項があるにも拘らず、承諾する旨の文書が存在しないから、承諾がなかつたというべきだと主張しているが、その様に特定の事実の主張についてこれに関する証拠方法の証拠能力を制限するが如き契約は所謂証拠契約として法が裁判官に自由な心証に基き確信に従つて事実判断を命じていることと矛盾するから、一般的にかかる契約は訴訟法上その効力を疑わるべきところ、特に本件に於ては原告代理人が昭和二十七年三月三十日付証拠の申出書中証人柳下秀雄、葛城東太郎、斎藤ナカ、中村タカ、原告本人に対する各訊問に於て柳下の代理人葛城が借地権譲渡に同意したことを訊問する旨掲げて居り、それを立証しようとしていることが明瞭なるにも拘らず被告は之に対し、何等異議を申立ていることなく斎藤善蔵を除き各証人訊問並びに本人訊問が行われ直接且現実に承諾に関する訴訟資料が訟廷に現われたからには右の如き契約の主張は裁判官の自由心証を真正面から否定する結果となり、到底これに束縛されるものとは思われない。従つて叙上承諾の事実が認められる以上承諾の擬制に関する原告の予備的申立については判断の必要はない。

次に被告は斎藤が昭和二十二年五月二十三日以前本件土地を柳下に返還し、同年八月十八日にかねて差入れてあつた敷金の返還を受けているのであるから、土地返還日時合意解除により斎藤の借地権は消滅したと主張するが昭和二十二年五月二十三日以前に斎藤が本件土地を柳下に返還したと認めるに足る証拠がないのみならず、証人葛城東太郎、上保慶三郎、松野和重の各証言により成立を認められる乙第一、二号証の記載によると斎藤が昭和二十二年八月十八日かねて差入れてあつた敷金を受取つたことが認められるが、本件借地権は前記認定の如く昭和二十一年三月すでに斎藤から原告に譲渡された賃貸人代理人の黙示の承諾により斎藤は本件借地関係から離脱したわけであるから、右受領の事実によるも本件借地権は何等影響を受けないものと言わねばならない。その後訴外松野増蔵が昭和二十二年五月二十三日本件第一の土地を同年九月四日本件第二、三の土地を買受けこれが所有者となり、被告は昭和二十五年三月三十一日本件土地を右松野から買受け所有者となつたことは当事者間に争がない。

然しながら原告は原告の有する借地権が罹災都市借地借家臨時処理法第十条により、被告に対し対抗力を有すると主張するが「原告が斎藤より借地権の譲渡を受けたのは前示認定のように昭和二十一年三月で当時罹災土地物件令の適用を見たのであるが、宅地所有権の譲渡は右の通り本条の適用のみを受ける時期であることを考慮に容れて考察すれば」同法第十条により対抗力ありとされるためには、疎開建物が除却された当時から引続きその建物の敷地又はその換地に借地権を有することが必要であつて、その意味は疎開当時から借地権が売買等特定承継により変動しないことを意味するものと言わねばならない。従つて疎開当時の借地権者から特定承継した原告にあつては、一般原則により借地権自体の登記をするか或は登記済の建物を所有するに非ざれば正当な利益を有する第三者に借地権を対抗し得ないものであつて、かかる対抗要件を具備しない原告は本件土地を買受け、対抗要件の欠缺を主張するについて正当な利益を有する被告に対し、その賃借権を対抗するに由なきものと言わねばならない。

しからば原告の請求の容認し難いことここに至つて明かであるから、その余の点についての判断をまつまでもなく、本訴請求はすべてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 堀田繁勝)

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